洋花SSまとめ②
この残存よ
駅の改札を抜けて暫く歩けば、電車内の暖房で温まった身体も次第に冷えていく。 不意に寒さが差し込むように身に染みて、全身に震えが走った。口を開けば炊きたての炊飯器のように湯気が上がる。
この痙攣は昨夜のそれとよく似ている。
花道は、自分の口から漏れ出た鼻にかかった声を聞いて思い返した。 無性に、ジャージの下に着ているTシャツの襟ぐりを伸ばして、己の首や胸を覗き見たくなる。
残っている気がする。昨夜のあとが、まだこの身体に留まっている気がする。 あの男の声が、愛撫が、身体に張り付いている、そんな気がして、花道の歩幅は小さく、足取りは緩慢になった。
気怠さが残り、浮遊感すらあるままに、体育館へと向かうのはどこか気が引けた。 誰かに昨夜のことを悟られるのではないかという不安が、朝靄のように心のうちに漂う。
希薄な朝日が包み込むように優しく、しかし未だ夢見心地にいる自分を睨むように、キリリと鋭く射し込んで目に眩しい。
過去のなかで生きていたいと思ったのはこれが初めてだ。いつだって今を生きていたのに、 こんなにも昨日のままでありたいと、漠然としてでも願うのは生来無かった。
初めてだった。緊張も、興奮もなく、安寧すら感じて昨夜の行為から朝を迎えたのは。
ランニングをする女性とすれ違う。犬の散歩をしている老人とすれ違う。 自転車に乗って同じ学校へと向かう学生に抜かされる。サラリーマンを乗せた車たちがエンジン音を鳴らして行き交う。 どこかでガレージのシャッターを開ける音が響く。通り過ぎた家屋からニュース番組の音声が聞こえる。
街が徐々に、今を生きようとしている。
オレはまだ昨日でありたい。