洋花SSまとめ
ままごと
「生まれてこの方、一回も風邪なんか引いたことねぇもん」
花道はそう言って潤びたタオルを力いっぱいに絞った。プラスチックの風呂桶に水がビチャビチャと音を立てて落ちる。 冷えた手の甲の血管はグロテスクなまでに浮き上がっている。もう一滴も垂らさないのに、 それでも尚限界まで絞り上げられた白いタオルが悲痛な叫びを上げている気がした。
そんなことは知っている。でもそういう問題じゃないだろう。洋平は熱に浮かされて朧気なままで思った。 もうじき大事な練習試合があるんじゃないのか。万が一にでもお前が風邪を引いたら、 それが他の部員にも移ったりでもしたら、オレはどう責任を取ればいいんだ。
色々と文句を言いたかったが、えがらっぽい喉では思うように喋ることもままならず、 先に話しかけたのは洋平でありながら何も言わなかった。本来ならば授業中である時間にわざわざ看病しに来てくれたのだ。 ご好意は有難く受け止めるべきなのかもしれない。満更でもないんだし。
汗ばんだ額にタオルを置かれる。急な冷たさに一瞬身を強ばらせるが、すぐにそれは心地良さに変わった。洋平は熱く息を吐いた。
花道は濡れた手を己のシャツで拭った。
「鍋の中にお粥があったぜ。おばちゃんが作ってくれたんだろ?」
オレも昼飯それにしようかな。そう付け加えた後で、横からの鋭い視線を感じた花道は、冗談だっつーのと、呑気に笑った。
お前なら本当にやりかねん。部屋を出て階下の台所へと向かおうと立ち上がった花道の背中を見つめる。
扉を閉める直前、振り向きざまに「食わせてやるから、大人しく待ってろよな」と花道は言った。
その細めた双眸はどこか無邪気に輝いていた。まるで新しいオモチャを見つけたような輝きだ。 その目付きを見て、洋平は、自分は今なんの抵抗もできない病人なのだと改めて実感した。
ままごとに付き合わされている。看病する者とされる者のままごと。部活が始まる時間まで、オレはこのお遊戯から逃れることはできない。
階段を下りる音を聞きながら、洋平は観念して目を瞑った。