君はかわいい

「前から思ってたんだけどよ、」 自室にて、手にしたスポーツ雑誌を乱雑に布団の枕の方に退けて横に寝転がった花道は、出し抜けに洋平に向かって口を開いた。

「オレのことよく可愛い可愛いって言うけどよォ、オレのどこが可愛いんだよ」

今や物を置くための台と化した花道の学習机で頬杖をつき、大楠から借りた漫画をぼんやりと読んでいた洋平は、花道の突然の発言に内心少し驚きつつも平然とした面持ちで返した。

「んー?どうした急に」

「別に……気になったから言っただけだぜ。でも変だろ。オレに可愛いとかさァ……」

カッコイイの間違いだろ? と口を尖らせる花道に洋平は、今更何をとどこか呆れたふうに微笑んだあと、動く度に軋む音を立てる椅子から立ち上がり花道の傍らに胡座をかいた。

「そうだなぁ……」

片手を自分の顎に、もう一つをその手の肘に添え、洋平はあからさまに考えるポーズを取った。

「お前はオレよりデカいし力はバカみたいに強ぇし身体はどこもかしこも硬くて抱き心地は悪いし……」

普段から抱いていた感想をポンポンと口から飛び出させるように挙げていく洋平に、花道はいささか身じろいだ。

「な、なんだよ、悪口言ってんのか?」

眉を顰めて威嚇するように目を細める花道を見て、洋平は不意に肩の力が抜けたように、ふ、と穏やかな笑みを浮かべて、おもむろに花道の突き出た下唇を人差し指で押した。

「……でもここだけはめちゃくちゃ柔らかいんだよな」

軽く押しただけで指が沈むがしかし程よく硬く弾力のある花道の唇を愉しみながら、豆鉄砲を食ったような顔の花道をそのままに洋平は朗らかな笑顔で話を続けた。

「そーやってガキみてぇに拗ねて唇をとんがらせるところとかが可愛い。ちょっとだけ開いてる口見るとさ、キスしたくなんだよな」

「よ、洋平、」

狼狽える花道を無視して、洋平は先程と同様に事も無げに一つ一つ挙げていった。

「食いしん坊なところ、どっから湧いてくんのか分かんねー自信満々な顔、貶されたらキレて褒められたらニヤけるおもちゃみたいにコロコロ変わる顔、間抜けな寝顔と馬鹿みたいな寝言、一途に頑張る姿、強がってる姿、楽しそうにバスケしてる姿、ベタベタ甘えんの恥ずかしくて苦手なくせにヤってる時は抱きついてもらおうと思いっきり腕広げてさぁ─」

「ちょっ、もういい!もーいいから!」

堪らず制止の声を上げた花道は、長い腕をブンブンと振り回して洋平の口を塞ごうとした。しかし深く腰を下ろしていながら身のこなし軽くひらひらと攻撃を躱して、洋平はすっかり赤ら顔の花道を指さし悪戯っ子のようにケラケラと笑った。

「ほら、照れて髪の毛と肌の境が無くなるくらい真っ赤になるところとかもめちゃくちゃ可愛いよ。アハハ、すげー耳あけぇぞ花道!」

「うるせぇ!やめろ!もういいって言ってんだろ!あーもう聞こえねぇ!なんも聞こえねーわ!」

もはや殴り掛からんとする勢いだった花道は、今度は己の耳を塞ぎ、目を瞑って部屋中に反響する程の雄叫びを上げて聞くまいとした。その子供じみた反応に洋平はまた笑いだし、ついに腹を抱えて後ろに倒れた。

ひとしきり笑ったあと、声混じりのため息を深く吐きながら再び胡座をかいて腿の上に頬杖をつき、花道が様子を察して静かになるまで愉快そうに目を細めて待った。

ようやく花道が両耳に突っ込んだ指を抜くと、洋平は口を開いた。

「分かった?オレが可愛いって言いまくる理由」

花道は思いっきり叫んだことで更に紅潮した顔で、投げやりに返事をした。

「分かったよ……」

「ん、ならいい。」

満足そうに洋平は頷いた。小声で悪態をつく花道をじっと見つめ、囁くように小さく花道を呼んだ。

「……はな、」

それは二人きりの時だけで使われる呼び名だった。またそれは、洋平が花道に何かを求める時や褥を重ねる時によく口にされる呼び名だった。

花道は一瞬、肩を強ばらせた。

「……んだよ」

首を傾げ、背丈の差を利用して上目遣いで洋平は花道の顔を覗き込む。天井の照明が反射して、瞳がまるで潤んでいるように揺れた。

「マジでキスしたくなってきた。……していい?」

洋平の言に花道は咄嗟に目線を逸らした。普段の花道ならば照れ隠しであれ何であれ、嫌なものは嫌だとはっきり口にして、非道と言っていいほどの傍若無人さで一蹴することもできた。だができなかった。洋平の呼び名には不思議な魔力があったのだ。

花道も薄らと己の異状に気付いていた。そういう風に呼ばれれば、つい何でも聞き入れてしまうことを。洋平の、達観した雰囲気に反した幼い顔つきで、眉を八の字にしてどこか申し訳なさそうに甘えられると、心がくすぐられてこっちも困ってしまうのだ。

無論洋平はそれを熟知していた。

花道は相手の反応に呆れ、仕方なくとでも言いたげに眉間に皺を寄せた。

「……勝手にしろよ」

癖で唇を尖らせる。それは口付けをするのには丁度いい形をしていた。

その言葉を聞き、洋平は優しく微笑むと花道の触り心地の良い頭を撫でて唇を重ねた。